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(過ぎたことは忘れちまえ)つらつら書くなり
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The girl who played with fire
Stieg Larsson

ミレニアムシリーズの第二作を読んだ。実はもう大分前に読み終わっていた。今作では第一作で出てきたキャラクターの過去に関する重大な 事実が明らかになります。導入部分ではかなりショッキングな シーンがあり、これを映画化するのはちょっと難しいのでは、 と思います。
 
武器密輸入や人身売買の暴露本を出版しようとしていた矢先に 、企画を持ち込んできた記者が何者かに撃ち殺されてしまう。 その黒幕を突き止めるために東奔西走する記者ミカエル氏と、 様々な事情があって雲隠れする天才ハッカーのリズベット。相 変わらずこの二人を軸にして話が進んでいきます。

個人的に気に行ったのは社会不適応者の元NO.1ハッカー通称プ ラーグ君がさりげなくリズベットの手助けをするシーン。漢気 を感じるね!

前作がミステリー調だったのに対して、今作は刑事ドラマっぽ い展開。というよりサスペンス映画を意識したかのような展開 になります。ヨーロッパサスペンス映画につきもののグロ系暴 力シーンがややきつい感じもしますが、話の勢いは前作同様で 読み応えは十分です。
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二三日にわたってツイッターを使ってみた。何というか、面白くもどうでもいいツールのような気がしてならない。
良い点は、各界の有名人が普段何を考えているのか、リアルタイムで知ることができる。別にホリエモンのファンじゃないけど、彼のツイートを読んでいると、それなりに面白かったりする。逆に、企業の流す広告的なツイートはハッキリ言って私にとっては無意味。広告はネット上にあふれているので、個人のつながり強化ツールにそんなものを持ち込まれても信憑性も面白みも全くない。

だから、企業が広告としてツイッターを使いたいっていうのは、ちょっとよくわからないんだよね。よっぽど面白いことや興味深いことならともかく、普通の新製品や何の変哲もないサービスの広告を流したところで、口コミにつながるはずもないもの。そこがすごく不思議。そんなにみんな企業のツイッターなんて見てるのかな?

最初にデフォルトでついてきたフォローですら半分くらい消した自分としては、効果があるとは思えないけどね。まぁやるのは勝手です。

個人的に思うのは、たとえば同じ趣味や興味を持った人間が普段何を考えたり、どんなものに興味を持ったりしているのか、そういうことを知るためにはすごくいいということ。意外と自分のアンテナにひっかかって来ないことを他人はよく知っているものだ。そんな単純なことだが、ツイッターを利用しはじめて、ようやく実感した気がする。
映画「グラン・トリノ」
 
レンタルビデオ屋に久しぶりに行ったら、貸出しが始まっていたので借りてみた。おもしろそうだと思いつつ劇場には見に行かなかった作品だ。
 
クリント・イーストウッド主演監督作品ということで、主人公の爺さんは相変わらず銃を使って物事を解決しようとする。まぁこれがアメリカの現実なのかなと思う。泥棒が入ってくるとライフル、隣家でケンカしているとライフル、喧嘩の仲裁にピストル、談判に行ってピストル。もうね、これでもかって言うぐらいライフル協会万歳人種差別何でも来い白人(つまりアメリカ人の半数以上)の行動を逐一見せられる。
しかし、この爺さんも身の回りの人間と触れ合う中で人種や性別など関係なく、人間性のみが大切であるということを改めて確認し、銃によらない解決法を試そうとする。
 
人との触れ合いの中で、人種差別や暴力反対に目覚める、という月並みなテーマである、などといったことを書いているレビューはいくらでもあるだろうから割愛する。
 
個人的に見どころだと思うのは以下の点:
1ジンシュ差別万歳
2コクスイ主義万歳
3個人主義万歳
という爺さんの目から見ると、黒人・白人・東洋人すべてがクソッタレであり、ある意味客観的な判断ができるということが示唆されている。
気をつけなければいけない点がある。差別や暴力の連鎖を止めるために彼が投げだしたものは、普通の人には投げだせないものであり、一般的問題解決策の示唆には富んでいない。あくまでエンターテインメントの域をでない、と言わせてもらおう。
 
この映画に出てくる爺さんは、よくもわるくも白人全体(アメリカ人だろうとそうでなかろうと)のステレオタイプであり、普段白人幻想を抱きがちな日本の外国語関係者はみるべき作品である。

以下ネタばれ含む
The girl with dragon tattoo
Stieg Larsson
 
世界中で話題となっている(らしい)ミレニアム三部作を、遅ればせながら読んでみた。知り合いのスペイン人に勧められてしぶしぶ買ったのだが、結構面白い。
 
主人公の報道記者ミカエル・ブルムクイスト(断じてマイケル・ブラムクイストではない)が、名誉棄損で訴えられて裁判で負けた所から始まり、記者としての仕事を離れている間に、迷宮入りした失踪事件の捜査をすることになり、過去に隠されたある一家の秘密を探り出す、というような話だ。
 
タイトルからもわかるように、ドラゴンの刺青をした女の子(といっても26歳の設定だが,,,girlっていう年かなぁ?)が出てくる。天才的なハッカーという設定で、常人とは違った感受性を持っていることから、社会から断絶し、精神病院に入れられた挙句、禁治産者に指定されてしまっている。
 
まぁ主にこの二人が絡んで話が進んでゆく。プロローグやそれに続く何章かで展開される伏線が、最後の最後まで解決されないところが上手い(送られてくる物に関すること)。しかも、単純なだけに想像しにくい結末となっているので、意外と読み応えがあった。割とお勧めです。
英語版はアマゾンのほか大手書店でも洋書コーナーがあれば必ず置いてあると思うので、手に入れやすいところもいいね。


しかし、現実にドラゴンの刺青をしている女性には一度しかお目にかかったことがない。
新宿のコアな飲み屋でバーテンをやってた女の子の右腕全体竜の刺青がしてあった。
結構きれいなものだったけど、下手に褒めると蹴っ飛ばされそうな雰囲気の子だったな。
あの飲み屋、名前なんて言ったっけ?
今更ながら手塚治虫のMWなんぞを読んでみた。

今年の夏ごろに映画化されたとかで、一時期やたらと書店に置いてあったが、
最近はもう下火になったというか再び忘れ去られたらしく、
上下巻の下巻だけ置いてあるのを見かけた。

むしろその下巻だけ置いてある姿に哀愁を感じて、
ネット書店で上下巻購入して読んでみた。

内容はと言えば、こんな感じだ。

ある小島の住人が毒ガスの漏出事故でほぼ全滅する事件が発生する。
そこで偶然生き残った二人の子供が、大人になってからどの様な行動に出るのか。
一人は良心ゼロの男に、もうひとりは事件のトラウマから逃れようと神父になる。
お互いの過去を知るのはお互いのみという関係の中で、
悪事を重ねる男と止めようと?する男の話。

手塚治虫というと過去の人という感じがするし、
私が子供の頃でもすでに絵柄が古いと感じていたし、
何か縁遠いものがあるが、内容は文句なしに面白い。
エグい描写も多々あるが、ブラックジャックとか、
その辺のグロさが大丈夫な人なら読めるだろう。

あと、いろんな点で精神的にもきついので、
購入するときはちょっと立ち読みしてみたほうが良いです。
先日に続いて昨日も映画祭に行ってきた。前回は仕事だったが、今回は友達のスペイン人と一緒に見に行った。
 
見た映画はチリ映画「サンティアゴの光」(原題:La buena vida 良い人生)で、なかなか日本では見ることのないものなので、見にいけてよかった。チリの首都サンティアゴに住む何人かの男女が、それぞれの人生の転機を迎えるという、オムニバス的なつくりの映画で、思った以上にいい出来だ。
 
チリというと日本では何のイメージもわかない人が多いが、南米では経済的に安定している国の一つで、たぶんブラジルの次くらいに安定している。最近は女性の大統領が誕生したりして、話題になったりもしているので、以前よりは日本でのプレゼンスが増している。他にも、最近のワインブームでチリワインがよく題材として取り上げられているので、その辺からチリの事を知った人も多いかもしれない。
 
監督の話によると、チリは経済の発展ぶりとは裏腹に、国民の幸福指数が非常に低いらしい。(日本もそうかな)また、上昇志向がなく、没落していくことを選ぶような人が増えている(日本もそうかな) また、独裁政権(ピノチェトという名前に聞き覚えのある方も多かろう)下でも拷問や誘拐などが、今だに社会問題として尾を引いている、そんな国だという。そんな問題を色々と抱えた国の中でも、それぞれが自分の問題をなんとか解決して(できない人もいるが)新しい未来に向かって進んでゆくのだ、というような、そんな趣旨の映画だ。
 
全体として薄暗い感じで進んでゆくのだが、最後になって日向の雑草を照らすような光に満ちたシーンがあり、希望を持たせて終わる。
 
なかなかバランスがとれていていい映画だった。
夏場のドゥームな気分を抜けたらとたんにブログを書く回数が減ったという、
皮肉な結果に自分でもびっくり。

昨日は新宿wald9という映画館で開催されているラテン系映画祭に行ってきました。
一日に三本も映画館で映画を見るのは初めての経験だ。
相変わらず暇な奴だな、と思ったそこの君、一寸違う。

半分仕事だったのでかなり集中して内容をチェックし、
上映後の監督への質問コーナーに備えなくてはいけなかったのだ。
なにしろ昨日はツーヤクとして行ったので,,,

映画監督への質問というは大体抽象的なものが多いので、結構訳に困ることもある。
それに南米とスペインのスペイン語はかなり違うので、
スペイン人にはすんなりと通じても、南米の人にはあまり通じなかったり、
聞き返されてもそのスペイン語がいまいちわからなかったりもする。

結構苦労した部分もあったが、7割5分くらいはうまくいったと思う。
自己採点すると、日西65点 西日85点ぐらいかな。
まだまだ修行が足りん、と実感したのでした。

でももうとるべき語学系の資格もないし、これ以上スペイン語を勉強するんなら、
スペイン人と同居するとかしないとちょっと難しいよなぁ。
というのが目下の悩み。
本屋大賞2009に選ばれたという「告白」という作品、内容を読めばなぜこれが文学賞のみならず普通の小説の賞に選ばれず、本屋大賞に選ばれたのか、ということがわかるはず。
 
ある学校の先生と生徒の話をいろんな視点で語ってゆく形式で、人間の心の描写や、他人との断絶のようなテーマとしてはすごく面白いのは確かだし、小説としても面白いのは間違いない。しかし、全体的に腐臭が漂うというか、ただ単に後味が悪いストーリーと言うだけではない、厭な感じがする。
 
一般的に、小説と言われるものの中で売れるのはだいたい2つの種類がある。ひとつ目はもちろんストーリーがしっかりしていて、内容が文句なく面白いもの、もう一つは、いわゆる大衆の価値観や、ステレオタイプ等をひたすら肯定し、読み手を安心させるもの。
 
ひとつ目は村上春樹とかそういうタイプ、二つ目は今野敏とかがあてはまるだろうか。そしてこの湊かなえは間違いなく二つ目のタイプに分類できる。一見大衆的な妄信を全面否定しているようにみえるが、実は2ちゃん的なステレオタイプを積極的に肯定して、自意識過剰なオタク層を取り込もうという意図が透けて見えるのは気のせいか?
 
ようするに、「売るための文章」なのだ。だから当然「売れる」し、書店は大喜びで、「本屋大賞」をとれる。でも売るための文章は文学にはなりえないし、小説作品としてかんがえたときに、内容を積極的に肯定できない「知識人」も多かろう。それゆえ「文章の」賞は取れない。
 
この人はすごく文章が上手いし、頭脳明晰なのだとおもう、が、やってることがいやらしい。ハードカバーで買うほどの価値はあまりないと思うが、そのうち文庫化されるだろうからその時にでも読んでみるといいと思う。(ちなみに俺はハードカバーで買っちまった)
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