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(過ぎたことは忘れちまえ)つらつら書くなり
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ツイッターの2ch化とか言われだしてからもう1年くらいは経つだろうか。
結局のところ、現代日本の文化では、人は匿名になると人を罵倒するばかりなんだね。
有名な人も無名な人も、頭のいい人も悪い人も、
みんながよってたかって、暇の限りを尽くして他人を罵倒する。
毎日見てると心がすさみます。

人を罵倒しているツイートが明らかな罵倒であればブロックするだけで済みますが、
表向き人生訓になってたりするとタチが悪いですね。
要するに「自分と同じじゃない奴は気に食わない!」って言ってるだけなのだけど、
「~な人は人生を無駄にしているor損している」とか書いてあって、
しかもRTとかで回ってきたりすると、めんどくさくなる。

教訓なんてものは実体験から得られるものだと私は思ってる。
ネットでちょっと見聞きしたことなんて、役立つことはほとんどない。
役にたつのはIT機器の扱い方とかプログラミングの手法ぐらいだ。
でもこれは人生訓とは違う、実用的な話題だ。

最初にも書いたけど、ネットに人生訓を書き散らす人っていうのは暇人だ。
自分が優秀だってことを認めてもらいたくてネットに書きこむのかもしれない。
でも、ネットに書きこんでも、似たような考えの人と接点ができることはあっても、
自分の優秀さの証明にはならないよね。

そもそも何の論拠もないことが多いし、
「私はこう思う」とか「私はこんなときこうした」程度に済ませればいいのに。
なんで「人は私の思うとおりの行動をすべき」になるんだろう。

ネット上でしか表明できないひねくれた優越感に付き合うのは正直ごめんだな。

いや、「~しない人」っていうのは、本当に意欲とか能力が足りなくて、
何もしない人もいるかもしれないけど、
このご時世だとやりたくてもやれない人というのは相当な数いる訳で、
その前提をすっ飛ばした上で「自分はできる、お前はできない、アホ」って言ってるのを、
ありがたいお言葉として他人に回してこないでほしいなぁと、
今日は切実に思いました。
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